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大阪府立狭山池博物館
![]() 狭山池博物館は大阪府の南、大阪狭山市狭山池の北堤にあります。狭山池は飛鳥時代(7世紀前半)に造られた、日本最古のダム式ため池です。1990年から大阪府土木部により、狭山池ダムの改修、および景観整備工事が行われました。狭山池博物館は、整備計画の一環として2001年に開館した、土木技術・治水事業に関する画期的な博物館です。 |
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![]() 設計は安藤忠雄。彼の博物館設計は長い 廊下、円形の空間、水の使用などが特徴。 |
![]() 博物館に入ると水カーテンの回廊が 丸いエレベーターホールへと導く。 |
![]() 狭山池は7世紀前半に作られたのち、各時代にわたり改修された。 8世紀・・・行基による改修 、 13世紀・・・重源による改修 17世紀・・・片桐且元(秀頼の命令)による改修 これらの改修のたびに、ダムの堤は大きく、高くなっていく。 |
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それを示すのが左の狭山池の堤の断面。高さ15.4m、幅62mある巨大なもの。 平成の改修の際、堤の実物を切り取った。 7世紀、8世紀、13世紀、17世紀、と大きくなるようすが、層になって見える。 |
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![]() 下のパネルのボタンを押すと、本物と模型の 両方の地層にランプがつき、それぞれの時代の 大きさが分かる。 堤の下には飛鳥時代と江戸時代の樋管を展示。 |
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飛鳥時代のダム建設には、中国や朝鮮から伝わった 敷葉工法(葉のついた枝を土留めに使う)が用いら れた。土中の敷葉は、発掘時には青かったという。 敷き葉工法を用いた遺跡分布図や、再現写真が パネルで展示され、分かりやすい。 |
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| 江戸時代前期には、現在の大阪市域までもが、狭山池 の潅漑域であったというから、その貯水量の大きさが分かる。宝永元年(1704)、大和川の付け替えが行われ、潅漑域は堺より南の地域に限られるようになった。 | |
![]() 右の写真は平成の大改修で 掘り出された江戸時代の堰。 この堰をはじめ、展示物には 巨大なものが多い。 |
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![]() 江戸時代に狭山池の管理を行っていた池田家の 古文書類も展示されている。 これは池の地図の一部。池の端に立つのは 狭山藩主、北条氏の屋敷。 建造物は造るだけでは駄目で、維持管理をしなくては ならない。狭山池は1400年間にわたり、人々に守られ てきた。現在でも 貯水量280万m3 は府下最大のダム である。 |
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![]() 維持管理は博物館にも必要。 先の「大断面」は、そっくり免震床に載っている。 最近の展示の傾向は、こうした博物館の裏方 ともいえる技術を隠さず見せること。 行基、重源、且元が、案内役となってアニメで 説明してくれるビデオもあり、展示の工夫も様々。 |
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