薬用の冬虫夏草は、冬虫夏草菌, フユムシナツクサタ
ケC. sinensis が蛾の一種、コウモリガ科の幼虫に寄生
したものである。冬虫夏草菌は土中にいる幼虫の体中で
菌糸体を増やし続け、ついには子座と呼ばれる子実体(有
性胞子をもつキノコに相当する部分)を形成し、チベッ
ト高原では6月上旬土中からツクシのような頭を出す。
これが植物とみなされたのであろう。冬虫夏草は全長9〜
12 cmで、虫体は第3令のカイコのような形をしている(写
真 1)。主産地は、チベット、四川、青海、貴州、雲南、
甘粛である。ネパールのヒマラヤ山地にも産する。日本
にはこの種の冬虫夏草は自生していない。 1998年3月、摂大・薬学部で講演したネパールのチベ ット伝統医師ツァムパ・ンガワン博士は『冬虫夏草は宮 廷で使われる貴重な薬であるため、ネパールでは国外輸 出禁止で、最近密輸の発覚した人が刑に服している』と 語っていた。また、コウモリガ科の幼虫は、伊吹山に生 えているイブキトラノオに類似のタデ科植物・珠芽蓼の 根を食べている。私の部屋で、博士はイブキトラノオの 写真を見て『この植物が自分の住んでいる地域に生えて おり、その所で冬虫夏草を採集する』と懐かしそうであ った。 冬虫夏草の薬効を呉儀洛は「甘平.補肺。益腎。止血 化痰、労咳を治す。」と記述している。久保道徳教授の著 書と横浜市立大学医学部・山本徳子助教授・原作、藤原 りょうじ・画「漢方のルーツ・まんが中国医学の歴史」(医 道の日本社、平成4年)を参考に、独断と偏見を加えて その内容を解説してみよう。五行説は、宇宙の万物を五 つに分けている。味は五味(酸・苦・甘・辛・鹹)、臓器 は五臓(肝・心・脾・肺・腎)である。これらは五元素 (木〈陽〉・火〈陽〉・土〈中性〉・金〈陰〉・水〈陰〉)に 属している(図)。味の「甘」は「土」に属し、それに属 する薬や食物は「脾」に入ると定義している。病気は「木」 に属する「肝」から始まり、「心」、「脾」、「肺」を経て「腎」 に至る。それゆえ、冬虫夏草は「脾」に入って、「脾」の 病を治療し、次にやってくる「肺」を予防するように働 き、更にその次の「腎」を健康にする。「平」は、陰でも なければ陽でもない状態に適用できる薬の性質の意味で、 病で発熱している時(陽)でも冷えて衰弱している時(陰) どちらにも使えることを示している。漢方医学で用いら れている臓器の名称は、現在の解剖学の名称とは異なり、 ホルモン系、神経系、免疫系をも含み、筆者の知識では 説明することはできないが、何となく判るような気がす る。文字の国、中国人がこれだけの意味するところを十 数文字で示していることには感心させられる。 冬虫夏草の化学成分と薬効、生理作用との関係は、ま 写真2 蝉花 セミの幼虫にセミタケが寄生したもの。 だ明確な証明が得られていない。冬虫夏草そのもの、あ るいは冬虫夏草の培養菌糸体、培養液について生理活性 が研究され、腫瘍細胞の生長阻害、免疫機能異常の改善、 細胞性免疫に対する抑制作用、腎機能の早期回復、マウ スの毛の再生作用などが報告されている。腎機能の早期 回復などは呉儀洛の記述と一致している。 現在、日本で一般的に冬虫夏草と呼ばれているものは、 昆虫(セミ、ハチ、アリや蝿その他多種類の昆虫)と寄 生菌の子実体の合体したものである。古来より中国では、 これらを虫草とよび、菌がセミの幼虫に寄生して生じた 「蝉花」(せんか)(写真 2)が小児の夜泣きなどに使用 されてきた。菌類からペニシリンなど抗生物質が発見さ れているが、数少ない微生物由来の漢方薬から有効な新 規医薬品は見付かっていない。生理活性測定法の進歩し た今日、再び古きを訪ね、これらの中から、臓器移植に 必要な免疫拒絶反応を抑える新しい医薬品や難病に有効 な医薬品の開発が期待されている。 図 五行の相関 相生:木が燃えて火、火が灰に なって土、土の中で金を生じ、金属に水滴が でき、水により木が育まれる。相剋:木は土 から栄養を奪い、土は水を吸収する。水は火 を消し、火は金属を溶かす。金属は木を切る。 摂南大学図書館報54 |