社会課題の解決に貢献する 摂南大の研究力 Series03 挑む、楽しむ。センサ工学で「飲む力」を可視化し母乳育児の不安に寄り添う

「ちゃんと飲めている?」──母乳育児中には、多くの母親が不安を抱えやすい。
摂南大学 理工学部 電気電子情報工学科の西 恵理教授は、二児の母親でもある立場から赤ちゃんの「吸てつ力(きゅうてつりょく)」を測定・可視化する技術を開発。
母乳育児に新たな指標を提示し、育児用品などにも応用すべく研究を広げている。

Chapter 01 :

授乳にモヤモヤ…その経験から長男が被験者第一号に

「吸てつ力」とは、赤ちゃんが母乳やミルクを飲む際に口と舌を使い、乳首を吸ってしぼり出す力のこと。西教授は、自身の育児経験からその研究を始めた。
30歳で長男を出産。当時はいま以上に母乳育児が推奨されていたが、母乳は哺乳瓶と違って飲んだ量がわからない。頼りは授乳前後の体重変化ぐらいだ。「しんどかったですね。周りのママも苦労していて、もう少し楽しくならないかな、と」。そんな折、研究者になった大学院時代の先輩から連絡がきた。赤ちゃんの吸てつの研究を始めるから、協力してほしいとのことだった。「それで、私の長男が被験者第一号になったんです。こんな研究があるなら私もやりたいと思って、先輩のお手伝いから始めました」
大学や専門学校などで非常勤講師を続けつつ、先輩の研究室に出入りし、家事や育児も…。数年間そうした生活を続け、その間に次男も出産。35歳で大学院博士課程に進み、生体医工学や計測工学を学んで博士号を取得。吸てつ力の研究を、自身のものとしてさらに深めていった。

電気電子情報工学科 西 恵理 教授
電気電子情報工学科 西 恵理 教授

Chapter 02 :

吸てつ力を定量的に可視化することで新たな価値を届ける

赤ちゃんは乳首に吸い付くと、舌の先端を隆起させる。その隆起が奥へと移動し、舌にうねりが生じることで乳首がしごかれて母乳が出る。しかし、「吸てつ反射」と呼ばれるこの動きは生後約4カ月で消失してしまう。「被験者の確保が大変でした。いざ計測という時に寝ちゃったりもして。でも、協力してくれるお母さんたちには感謝でいっぱいです」
目指したのは、吸てつ力を定量的に可視化することだ。センサーを中に入れた人工乳首を吸わせ、舌の動きや力を波形に表す。結果、うまく飲める子・飲めない子の波形には、それぞれ共通点があるとわかってきた。
ただ、センサー入りの乳首は口内で異物感があり、測定に影響する。そこで、人の手の小指を赤ちゃんの口に入れるとよく吸うことに着目。小指用のセンサー付き手袋を製作した。この装置は現在、企業の協力を得てさらに進化している。
測定によって「うまく飲めない子」とわかっても、赤ちゃんにトレーニングができるわけではない。それでも、研究成果は哺乳瓶の性能評価に使用される赤ちゃんモデルの作成や、赤ちゃんの舌の動きを再現した搾乳器などに応用できる。
「何より、飲みが悪いのは自分のせいじゃなかったんだと、お母さんの心が軽くなる。それだけでも意味があると思っています」。育児における安心、それこそが、西教授が第一に届けたい価値なのである。

吸てつのメカニズム
吸てつのメカニズム

Column :

住友ベークライトと共同で
デバイス開発

西教授の研究を知った住友ベークライトからの声掛けにより、「哺乳センシングデバイス」が誕生。小指にはめるデバイス部分に、同社の導電ペースト技術が活かされている。赤ちゃんが小指を吸って舌が動くと、舌の先と根元に接するセンサー間の電圧変化が計測され、パソコン画面にグラフとして可視化。波のようなグラフの山が舌の動きを示し、山の高さで吸う力もわかる。通常の授乳指導に比べ、母親の授乳の自信度が30%高まるという調査結果も得られ、既に複数の産後ケア施設などが試験導入している。

哺乳センシングデバイス(住友ベークライト提供)
哺乳センシングデバイス
(住友ベークライト提供)
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2026年8月4日付・日本経済新聞大阪本社版より転載
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