アメリカの大学生に日本語・日本文化を紹介



UPDATE 2024-06-20

2024年5月27日(月)の3時間目に、本校を訪問したアメリカのFayetteville Technical Community Collegeの12名(学生3名 教員3名)に、国際学部の門脇ゼミで「外国人を対象にした日本語教育」を学ぶ4年生のゼミ生が日本語・日本文化を紹介しました。


日本語学習歴のないアメリカの学生の皆さんに簡単な日本語を教えて、日本文化を紹介するアクティビティーとして、「福笑い・紙相撲・七夕の飾り作成」を行いました。

福笑いでは、まずは顔のパーツ(目・耳・鼻・眉毛・口)や方向を表す言葉)上・下・右・左)などを教えて、そのあとはジェスチャーゲームをして日本語の練習をしました。すぐに言葉を覚えて日本語を使っていました。紙相撲も非常に盛り上がりました7月7日の七夕にはまだ早い時期でしたが、折り紙を使って七夕の飾りを作成し、短冊には願いごとを英語と日本語(カタカナで自分の名前)で書いて飾りました。

アメリカの学生の皆さんは、日本文化を体験でき非常に喜んでもらえました。本学の学生にとっても英語で日本文化を体験できる貴重な機会となりました。

(門脇 薫 教授)

 

在日コリアンが多く住むまちを訪ねて~東九条フィールドワークとウトロ平和祈念館訪問[森ゼミナール]



UPDATE 2024-06-11

私たち国際学部森ゼミナールは、韓国(朝鮮半島)・在日コリアンについて勉強するゼミです。この度5月12日(日)に私たち森ゼミナールの学生と、鳥取大学准教授の呉永鎬(オ・ヨンホ)先生が引率する学生と合同で京都市南区東九条フィールドワークと京都府宇治市ウトロのウトロ平和祈念館を訪問しました。

【40番地について】

初めに、在日本朝鮮人権協会京都協議体のコーディネートで、東九条40番地という昔から在日コリアンが多く住んでいる場所を訪ね、東松ノ木団地1階の集会場で、在日コリアン2世の方からお話を伺いました。お話しによると、日本による朝鮮半島植民地支配の影響で渡日したけれど、様々な事情で仕事が無くなった朝鮮人がこの地域に集まってきたそうです。この地区には日本人が住んでいる時期もありましたが、日本が高度経済成長期に入ると、お金を稼げるようになった日本人の多くは違う地域に引っ越したため、在日コリアンの方が多くこの地域に住むようになったそうです。40番地の近くには川がありましたが、堤防も低く雨が降るとすぐに洪水が起こり、一度火事が起こると延焼するなど、住環境は大変だったということです。ただ、実際に日本で在日韓国人への差別がひどかったため、他の地域に住むよりも、在日コリアンが集まって暮らすこの地域に住むほうが気楽で落ち着くということで、在日コリアンはこの地域に住み続けたそうです。戦前から今に至るまでの在日コリアンの生活環境・人間関係など様々なお話を聞くことができました。NPO法人東九条まちづくりサポートセンターの村木美都子事務局長も東九条の歴史と現状を詳細に説明してくださいました。

【東九条フィールドワーク】

その後、NPO法人東九条まちづくりサポートセンターの丁春燁(チョン・チュナ)さんに案内していただき、東九条の町を実際に歩きながら説明を聞き、より理解を深めました。在日コリアン一世・二世の方の孤立を防ぐためにつくられたNPO法人京都コリアン生活センター「エルファ」という介護施設を訪問しました。在日コリアンが年齢を重ねてもこの地域に住み続けられるようにと考える地域住民の温かさを感じました。

そして、毎年秋頃に行われる地域のお祭りである「東九条マダン」の中心となる「文庫・マダンセンター」も訪問しました。地域住民同士で助け合ったり、町を盛り上げるために協力しているのを感じて、とても素敵な地域だと感じました。

【ウトロ平和祈念館訪問】

その後、ウトロ地区に移り、ウトロ平和祈念館を訪問しました。閉館時間を過ぎていたにも関わらず、副館長である金秀煥(キム・スファン)さんが展示物について直接、一つ一つ丁寧にお話してくださりました。ウトロ平和祈念館は民間の人が協力して建てた祈念館だそうです。やはりここでも、植民地時代に朝鮮人は当時炭鉱やダムなどの危険な場所で働かされたり、日本人からひどい差別を受けていたことを聞き、差別をしていた側である同じ日本人として、私は悲しくなりました。しかし、困難に直面しながらも戦ってきた人々と、ウトロに寄り添ってきた日本市民、様々な人の協力でウトロの歴史が守られてきたのもまた事実です。そのため、この祈念館では、差別があった事実を悲しく・重く受け止めることだけで終わるのではなく、協力してきた人がいることも知り、これから先の日本と朝鮮半島をよりよくしていける未来を考えるきっかけになると思いました。

東九条フィールドワークやウトロ平和祈念館訪問に参加したゼミ生の感想は次のようでした。

「何年経ってもあらゆる形でコミュニティを大事にしていらっしゃるたくさんの方々の思いや気持ちを一度に浴び、心の温まる瞬間がとても多かったです」

「何人だとか、障がいがあるだとかそんな立場の違いを飛び越えたマダンを今年見に行きたいと思いました」

「辛いことが多くても在日コリアンの方々がみんなで家族のように助け合っていたり、その人柄や関係性が印象的でとても素敵だと感じました」

「行政からの支援がなかったのにも関わらず、この東九条に残り、協力し合いながら生活をしていたことが今の韓国のデモ活動や団結力に引き継がれているのかなと考えました」

東九条もウトロ地区も大変なことを乗り越えてきたからなのか、現在の日本ではなかなか感じられないような地域住民同士の温かさやコミュニティの繋がりの深さを感じました。日本が在日コリアンの方々へ差別をしてきた事実は無くなりませんが、この地域を訪れて、一度皆さんにも直接感じて、理解して、考えていただければ嬉しいです。この地域を訪れたことによって、他の地域で起こっている差別問題にも関心が湧き、視野が広がりました。世界中にある差別問題が解決に向かってよりよい方向に進むことを願っています。

村木さん・丁春燁さん・金秀煥さん・呉永鎬先生・鳥取大学学生の皆さん、ありがとうございました。また、今回のフィールドワークと訪問を助けてくださった関係者の方々へ重ねてお礼申し上げます。ありがとうございました!

(国際学部森ゼミナール 松田涼奈)

「韓国、どこまで知っている?K-クイズチャレンジ!」に参加しました[森ゼミナール]



UPDATE 2024-06-10

2024年5月25日(土)に、国際学部森ゼミナール3年生(4期生)は駐大阪韓国文化院主催・大和大学共催の「韓国、どこまで知っている?K-クイズチャレンジ!」に参加しました。K-クイズチャレンジは大和大学の大和アリーナで行われ、約100名の参加者が集まりました。問題形式は2択から4択で答えを選ぶものであり、韓国の文化や一般常識など幅広く知識を問う問題が出題され、サバイバル形式で最後の1人になるまで続けられました。ゼミではK-クイズチャレンジに向けて韓国文化のクイズを事前に解いたりして対策をしましたが、想定していたより難易度が高い問題が多く出題され、残念ながら途中で敗退してしまいました。しかし、新しく学べたことも多くとても楽しく有意義な時間を過ごしました。結果として入賞はできませんでしたが、韓国文化について幅広く知る機会になりました。

今回の大会に参加したゼミ生の感想は次のようなものがありました。

「クイズ大会の内容は、私自身が想像していたよりも難易度が高く、序盤で脱落してしまった。しかし、もっと韓国について知りたいと思うきっかけになった」

「K-クイズチャレンジは1問目から思っていたよりとても難しくて、全部通しても分からない問題の方が多かったです。これからもっと韓国について沢山勉強して、来年も参加して次は1位を取りたいです」

「今回のクイズ大会を通して、楽しみながらも、韓国について今まで知らなかったことを知ることが出来てとてもいい経験になりました。より韓国について興味が湧いた一日でした」

「私が予想していた問題よりレベルが高く、まだまだ韓国について知らないことが多くあることを学びました!また機会があればもっと勉強して挑みたいと思いました。」

K-クイズチャレンジ後、参加者は主催者が用意してくださった韓国料理風のランチをいただきました。

午後からは、同会場で行われた「2024 K-POP CHALLENGE OSAKA」に参加しました。このイベントでは、ステージイベントとしてK-POPアイドルのカバーダンス、 K-SONGノレバン(のど自慢)、ゲスト公演などが行われていました。他にも広報ブース、体験ブースがありました。広報ブースでは韓国の航空会社などが出展しておりSNSをフォローすると抽選で賞品をもらうことができました。体験ブースではK-Beauty体験(韓国アイドル風メイク)やポッチュモニ(福袋)、サシェ作りのような韓国文化体験など他にもたくさんのイベントがありました。私たちも、韓国コスメやお菓子などを頂いたり、K-POP カバーダンスを見たりと韓国のポップカルチャーとKスタイルに触れて楽しい時間を過ごしました。

 

今回参加したイベントでは、体験型のイベントが多く参加者が韓国のことをより知りたくなる、より好きになるイベントがたくさんありました。私たち森ゼミナール4期生は、韓国の公共外交(Public Diplomacy)をテーマに共同研究をしていますが、今回の「韓国、どこまで知っている?K-クイズチャレンジ!」への出場と「2024 K-POP CHALLENGE OSAKA」への参加は、この公共外交を実際に体験できた良い機会になりました。この体験を今後の研究に生かし、韓国についてより深く知っていきたいと思います。

(摂南大学国際学部 森ゼミナール 南邑佳)

「インドネシアのいま」を現地から講義していただきました



UPDATE 2024-05-20

 インドネシアのスラバヤ市にあるストモ博士大学(Universitas Dr.Soetomo; UNITOMO)と本学は連携協定を結んでいます。

 2024年5月16日、2年次対象の授業「インドネシア語と現代文化」において、ストモ博士大学文学部のシシリア・タントリ・スルヤワティ(Cicilia Tantri Suryawati)学部長に「インドネシアのいま」と題した講義をしていただきました。講義はインドネシア語で行われ、授業担当教員の浦野が通訳し、補足説明しながら進めました。学生たちからは、「普段の授業で扱われている、インドネシア語がよりさらに流暢で聞き取りにくく、これが本場レベルなんだと感じた」「この授業で、インドネシアのネイティブの人の喋り方を聞いたことで、インドネシア語がどのような速さでしゃべられているものなのかが分かった。想像していたよりもとても早口で聞き取れない部分も多かった」「インドネシア語を聞き取るには難しかったが日常会話ができるくらいにはなりたいと思いました」といったように、インドネシア語のレベルに驚きを感じていたようですが、今後のインドネシア語学修に大きな刺激となったようです。


 講義では、インドネシアの日常生活を中心に、街中の交通事情、伝統的な市場の様子、近代的なモールの風景、伝統的な食べ物、土曜の夜の楽しみ方、スラバヤの観光地などの紹介、さらにはストモ博士大学で日本語を学ぶ学生たちの様子に至るまで幅広いトピックを、先生が街中で歩きながら撮影したビデオや写真を使いながら丁寧に説明してくださいました。


 まさに「生のインドネシア」を知ることができ、学生たちは満足しているようでした。学生たちから寄せられた感想(主なものを抜粋)は以下にご紹介します。

・インドネシアの状況を動画で撮ってきたものを見せてくれたおかげで、インドネシアがどのような国なのかがより詳しくわかった。

・楽しかったです!インドネシアの街で売られている服がカラフルで派手なものが多いと感じ、派手好きな人が多い国なのかなと思いました。

・インドネシアの文化は自分が考えていた物と違っていた。このことは、インドネシアの文化を学ぶにあたって様々な物に関心を持つことができた。これらのことは、私が今後の人生において、他言語だけではなく、色々な文化に関心を持つだろうと感じました。

・インドネシアの今を知って、文化の違いに対する理解を改めてより良いものにしていかなければならないことを得た。今、大学の授業で異文化に対する考え方・向き合い方を学んでいるが、実在する文化にどう理解・考えるか、今後の生活において改めて気にするべき課題であることだと思う。

・今日の授業を通じて、昔ながらのインドネシアのことや今風のインドネシアのことについてかなり知ることができました。今まで写真では見たことがありましたが、映像では見たことがなかったのでより雰囲気を知ることができました。所々インドネシアの食文化についても紹介されていたので、実際に食べてみたいなと思いました。また映像には現地の人同士で喋っているシーンもあったので、現地の人の雰囲気をより知ることができました。写真や映像で見るインドネシアのイメージと現地に実際に行ってみるインドネシアのイメージはかなり違うと思うので、より実際にインドネシアに行ってみたいなと思いました。

・スラバヤの現地の人の声や先生のお話が聞けてすごく生の声って何よりもいいと思うので貴重な体験になって良かったです。

・インドネシアにもショッピングモールとか日本食のレストランとがあって発展している場所は日本と遜色ないと思った。一方で市場や公道は東南アジア感が全開でなんとなく安心しました。

・自国の習慣が当たり前なわけではないことが改めて分った。この先、さまざまな場面で外国の方と出会っても差別や偏見なしに一人の人間として対応したい。

・映像でインドネシアのことを見ることができたので、とても面白かったです。またインドネシアの大学の先生に質問をする機会があまりないのでとてもいい機会になりました。こういった機会があれば、次回はインドネシアの学生とも話してみたり、インドネシアの大学の授業の雰囲気や日本語を教えている授業の雰囲気を映像で見てみたいなと思いました。

 インドネシアとの時差は2時間です。そのため、リアルタイムでインドネシアの方々にオンライン参加してもらうことが比較的容易です。インドネシアへ直接行かずとも「インドネシアを感じる」ことは十分に可能だと思います。今後もこのような機会を設け、学生たちの言語運用能力の向上に役立て、知見を広げ、多様な価値観に接する機会とできればと思っています。

(国際学部教授:浦野崇央)

韓国の公営放送局MBC(文化放送)訪問:キムユジョン専門研究委員のミニレクチャーとインタビュー[森ゼミナール] 



UPDATE 2024-05-07

私たち国際学部森ゼミナール3期生(2023年度3年生ゼミ)は「The giver or The influence K-POPと市民的想像―」というテーマで共同研究を行ってきました。この度、2024年2月15日(水)には、共同研究に関わりのある韓国大衆文化(K-Culture)の影響力を調査するために、韓国の公営放送局MBC문화방송Munhwa Broadcasting Corporation/文化放送)を訪問し、専門研究委員キムユジョンさんにインタビューを受けていただきました。 

MBCは1959年に設立され、韓国国内外でテレビやラジオ放送を行っています。ドラマやニュース、バラエティなどの多様なジャンルのコンテンツを放送しており、韓国の放送業界において長い歴史と影響力を持つ最大手公営放送局の一つです。キムユジョンさんは、MBCコンテンツ戦略局コンテンツ戦略チームのメディアR&D(Research & Development)パートで専門研究委員として勤務し、コンテンツに関する調査研究に従事していらっしゃいます。当日、キム委員は「韓国コンテンツの海外進出という観点におけるコンテンツとプラットフォームの結合」というタイトルでミニレクチャーをしてくださった後、私たちの質問に丁寧に答えてくださいました。 

 

コンテンツ産業のリスク 

キム委員は韓国のコンテンツ産業は非常にリスキーな側面があり、ある意味でギャンブルと同じような性質を帯びていると指摘されました。事例として、一時期韓国ではゾンビに関わるドラマや映画がヒットしましたが、その後はその流行に乗るために数多くのドラマや映画がゾンビの要素を盛り込み始めたことを挙げられました。確かに、多くの視聴者は1つのゾンビ作品が面白かったと思うと、他のゾンビ作品にも興味が湧き視聴する傾向があります。しかし、全ての作品が視聴者の心をつかむわけではないので、当然売れない作品も出ることになり、そのような作品は淘汰されていきます。淘汰され捨てられる作品が大量に発生する可能性もあります。韓国のコンテンツ産業はこのような危険性を帯びていると教えていただきました。 

メディアコンテンツ産業の今と昔 

また、キム委員は、韓国メディア産業の今と昔の違いも説明してくださいました。 日本で問題になっている若者の「テレビ離れ」は韓国でも問題になっており、テレビ番組を視聴しているのは50人中およそ2人と減少しているようです。最近では人気のあるテレビ番組でも視聴率は5バーゼントほどしか取得できないということです。昔はコンテンツ産業においてはテレビ番組の視職率が最も重要でしたが、現在はSNSNetflix などのブラットフォームでのアクセス数やアクセス時間、そして評価(例えば「いいね!」の数)が重要であると教えていただきました。 

また、キム委員によると、人々がメディアコンテンツを視聴する時は、年配の方は3~4回見てからその番組が面白いかどうかを判断するが、若年世代は1回の視聴のみで面白いかどうか、このまま見続けるべきかどうかを判断することがほとんどであること、若年世代はインスタグラムやTikTokを通して短時間でコンテンツの情報収集をしている現状があるということです。そのため、長いコンテンツに慣れている世代と短いコンテンツに慣れている世代、両方に合わせたコンテンツを制作しているとキム委員はおっしゃいました。キム委員のお話の中で私(奥村)が最も印象に残ったことは、「流行は若者から発信されていくことが多いので、コンテンツを大量に生産するのではなく、SNSでどういったキーワードが流行しているのかなど『話題性』のデータ分析をすることがカギである」ということです。現代の「K-Culture」は若者たちの価値観や創造性によって発展していることを学びました。 

今回、キム委員にインタビューを受けていただき、韓国のメディアコンテンツ産業について深く考えさせられました。韓国のメディアコンテンツ産業はすべてが順調に発展しているわけではなく、大きなリスクを伴いながら作品製作をしているという事実が衝撃的でした。そして、激しい競争や高いリスクを伴う一方、新しいコンテンツの生産は創造力の向上や価値観の広がり、そしてサービスの発展に大きく繋がっているということも分かりました。 

また、キム委員が「韓流には強い『吸引力』があり、プラットフォームを通して、誰かの心に引っかかるように多種多様なコンテンツを制作している。そのコンテンツの中でも社会的意味を込めた作品が視聴者に社会問題を考えさせている」とおっしゃったことも重要なことだと思いました。韓国のメディアコンテンツ産業は韓国の社会問題に焦点を当てることで人々に影響を与える要因の1つであり、メディアコンテンツ産業を通して社会問題の改善や変化が促進される部分もあるのではないかと私(奥村)は考えました。 

業務でお忙しい中にもかかわらず、ミニレクチャーをしてくださりインタビューにも応じてくださったキムユジョン専門研究委員に心より感謝申し上げます。貴重なお話ありがとうございました。今回のミニレクチャーとインタビューの内容を整理して今後の共同研究に活かしていこうと思います。 

 

(外国語学部/国際学部 森ゼミナール 奥村珠帆) 

壇国大学でゼミナール共同研究の中間発表・学生交流を行いました(森ゼミナール) 



UPDATE 2024-05-01

2024年2月14日(水)、私たち摂南大学外国語学部(国際学部)の森ゼミナールは韓国の京畿道龍仁市にある壇国大学を訪問しました。まずキャンパスツアーを体験してから(ゼミ同期の青山実由さんの記事参照*)、私たちゼミナール共同研究の中間発表と学生交流を行いました。 

壇国大学メディアコミュニケーション学部のカンネウォン教授・キムハナ教授(融合社会研究所所長も兼任)・チョンチャンウォン助教授および壇国大学の学生10人に出迎えていただきました。私たち森ゼミナールは、壇国大学の学生と先生方に向けてゼミ共同研究内容や活動内容の紹介プレゼンテーションを行いました。その後の質疑応答・ディスカッションの時間には、壇国大学の学生・先生方からの質問に答えました。学生からは日本でのK-POPの影響や日本のアーティストとの違いなどの質問に加え、K-POPはどのような存在として日本で受け入れられているのかについて質問がありました。 

また、私たち森ゼミナール生から壇国大学の学生にも質問しました。私たちは韓国国内でのK-POPの影響力や私たちの世代がK-POPにどのようなことを求めているのかを実際に現地の学生に聞くことができました。知的刺激に満ちたとても良い時間でした。 

このディスカッションの場で一番印象に残ったのは、質疑応答の中で壇国大学の先生方から指摘された「文化と産業の混合」というキーワードです。私たちが研究テーマとして掲げるK-POPは文化的面と産業的面があり、双方は一緒に考えるのではなく分けて見る・考える必要があるのだと気づいたきっかけでした。この気づきや質疑応答での学びを今後の研究にも活かしていきたいと思います。 

プレゼンテーションと質疑応答後、教員・学生みんなで壇国大学から少し離れたところにある宝亭洞(ポチョンドン)の通称「カフェ通り」に食事に行きました。言葉が思うように通じない中でも、韓国語・日本語・英語でコミュニケーションを取りながら楽しい時間を過ごしました。 

 

今回の発表会・学生交流は、貴重な経験で良い刺激となりました。お忙しい中、私たち森ゼミナールの訪問にお時間を取っていただいたカンネウォン先生・キムハナ先生・チョンチャンウォン先生そして壇国大学の学生の皆さんに心からお礼申し上げます。감사합니다 

(摂南大学外国語学部森ゼミナール 石田みほり) 

 

 

 

壇国大学を訪問しキャンパスツアーに参加しました(森ゼミナール



UPDATE 2024-05-01

私たち外国語学部(国際学部)森ゼミナールは、2024年2月14日(水)に韓国の京畿道龍仁市に位置する壇国大学(단국대학교/Dankook University)を訪問しました。壇国大学は在籍学生数約3万5000人、専任教員数約1080人の大規模私立大学です。京畿道龍仁市に竹田キャンパス、忠清南道天安市に天安キャンパスが設置されています。

訪問当日は、同大学の学生広報大使(Student Ambassador)や大学内にある博物館の学芸員の方々にキャンパスツアーをしていただきました。初めに、大学内にある壇国大学の歴史博物館を見学しました。壇国大学の歴史が来館者に分かりやすく説明されていました。

朝鮮半島は1945年に日本の植民地支配から解放されましたが、その約2年後の1947年11月に壇国大学は設立・開校されました。著名な独立運動家である白凡金九(ベクボム キムク)と志を同じくしていた独立運動家・教育者の梵亭張炯(ボムジョン ジャンヒョン)と恵堂趙喜在(ヘダン チョフィジェ)が中心になって設立しました。設立当時の時代状況と民族的な要請のもと、建学の理念は「구국(救国)ㆍ자주(自主)ㆍ자립(自立)」とされています。

壇国大学は、大学の規模を拡大しつつこれまで移転や増設を繰り返してきたそうです。館内には、それらの過程を説明したパネルがあり、どのようにここまで大きな大学に成長させてきたのかを当時の写真や映像、実際に使用されていた学用品の展示を通して示していました。

大学博物館の後は、壇国大学内にある李利子(イ・リジャ)韓服展示館に案内していただきました。ここは、高名な韓服デザイナーである李利子がデザインしたチマ(韓服のスカート)やチョゴリ(韓服の上衣)が展示されていました。他にも、男性が身につける昔ながらの帽子や眼鏡などが多数展示されていました。展示されていたものの中には、今まで見たことのない襟なしのチョゴリや、斬新なデザインのカラフルでおしゃれな韓服がありとても印象的でした。また、李利子は韓服をデザインする時に一着だけでなく、保存用に数着作っていたそうです。そのため、李利子がデザインした韓服が多数残っており、現在も綺麗に展示できていると学芸員の方が説明してくださいました。

最後に、大学内を案内してくださった学生の二人と壇国大学の象徴である大きなクマの銅像の前で写真を撮りました。

一時間ほどのキャンパスツアーでしたが、とても充実した時間を過ごす事ができ、たくさんのことを学ぶ事ができました。学生広報大使の二人とも、日本語や英語でたくさん交流する事ができ、とても貴重な経験をする事ができました。また、大学内にこのような大きな博物館や展示館があることにとても驚きました。学芸員の方々も、韓国語での説明ではありましたが、ジェスチャーをしながらも丁寧にゆっくりと説明していただきました(ゼミ指導教員の森先生が通訳を担当)。今回のキャンパスツアーで新しく得た知識や経験を生かして今後の調査や研究につなげていきたいと思います。

学生広報大使のお二人と学芸員の方々に心から感謝いたします。ありがとうございました。

(外国語学部[国際学部]森ゼミナール 青山実由)

ソウル歴史博物館を訪問しました(森ゼミナール)



UPDATE 2024-04-28

私たち外国語学部(国際学部)森ゼミナールは、2024年2月15日(木)に韓国のソウル特別市鍾路区に位置するソウル歴史博物館を訪問しました。ここは時代別に4つのゾーンに分かれており、様々な展示を通して韓国のソウル市の約600年の歴史と文化を勉強できます。

 

Zone1:1392~1863 朝鮮王朝時代のソウル

第1ゾーンでは、1392年から1863年までの「朝鮮時代のソウル」が紹介されていました。朝鮮王朝建国後に太祖李成桂(イ・ソンゲ)が王都と定めた漢陽は二度の戦乱で大きな被害を受けましたが、復旧作業を経て朝鮮王朝後期に次第に繁栄していき、次第に漢陽は経済の中心地となり、同時に思想や学問、芸術が盛んな場所になったそうです。館内には、当時の漢陽の町並みや伝統工芸品、貴重な資料などが展示されており、当時の人々の暮らしをリアルに再現した大きな展示もありました。朝鮮王朝時代の人々の生活スタイルを感じられる空間でした。第1ゾーンの最後には、朝鮮王朝時代に漢江を従来した「黄布帆船」が再現されており、あまりの大きさに衝撃を受けました。

Zone2:1863~1910 開港と大韓帝国期のソウル

第2ゾーンでは、開港と大韓帝国期のソウルについて展示されていました。19世紀半ばから朝鮮半島は日本を始めとして世界列強に門戸を開くようになり、ソウルは伝統的な首都から近代的後市に変わっていきました。西洋風の建物が建てられ、道路が新設・拡張されたほか、路面電車が走るようになるなど新たなコンセプトや文物が導入されました。一方、自主的改革の一環として1897年に大韓帝国建国が宣布され、慶運宮(徳寿宮)は皇宮となり、大韓帝国の象徴である圜丘壇が建立されました。ソウルは、東洋的な伝統と西洋的な近代が共存する都市へと徐々に様変わりしていきました。

ゾーン2では、外国勢力が開港を求めるに従って、進歩的知識人たちが中国中心の世界観から脱却し成長しようとしている姿が展示されており、国全体が伝統的な考え方から少しずつ「近代」に染まっていく様子が表現されていました。また、西洋風の建物が建ち、路面電車が敷かれ、電柱や街灯が設置されるなど街の様子が変化し、現代的な街並みに少しずつ近づいている様子が展示物からわかりました。このような様子をこれまで見たことがなかった私たちにとってはとても印象的でした。

Zone3:1910~1945 日帝強占期のソウル

ゾーン3では、日帝強占期のソウルが展示されていました。日帝強占期とは韓国で使用されている用語であり、日本による朝鮮半島植民地支配期(1910~1945年の35年間)を指します。1910年に大韓帝国が日本に「併合」された後、ソウルは京畿道所属の京城府に格下げされました。当時、ソウルには植民地支配のための主要機関が集中的に建設され、1926年には景福宮内に天皇の直属機関である朝鮮総督府が建てられました。

この時代にもソウルは引き続き首都の役割を果たしながら急速な近代化が進みましたが、日本人中心に行政が運営され、日本人居住地である南村に経済や文化が集中するなど社会構造が大きく変化し、韓国人(朝鮮人)に対する社会的差別が恒常化しました。展示によると、人々は供出を強いられて財産を略奪され、軍隊や労役などに強制動員されたほか、民族性の抹殺を図る皇国臣民化政策によって精神的にも抑圧されたということです。

このゾーンの見学では、ソウルは伝統的な都市空間が絶えず改造され植民地支配しやすい都市へと再編が進む一方で、抗日運動・独立運動を行い民族文化を守るために努力を続けた人々の姿が描かれていたことが印象的でした。また、日本と韓国のこのような歴史を実際に資料や展示物で見ることで新たに衝撃を受けると同時に、日本による朝鮮半島植民地支配期は今後私たちが研究をするうえで忘れてはならないことだと感じました。

Zone4:1945~2010 大韓民国の首都ソウル

ゾーン4では1945~2010年代の大韓民国の首都であるソウルについての資料が展示されていました。1945年の植民地支配からの解放、朝鮮戦争時代のソウルの風景など、博物館でしか感じ取ることのできない当時の様子を知ることができました。さらに、1960年代から始まる国家主導の経済開発により急激に現代化へと進み、人口増加に伴いソウルは大きく拡大し、江南以南までソウル全域に都市基盤施設が整備されていった過程の写真や資料を閲覧しました。開発前の江南の写真は、現在の姿とは全く違うもので、このような経済開発が行われている際の都市の過密化や地域格差、環境汚染などの様々な問題が引き起っていたということが印象に残りました。

また、ソウル市民の流した汗が高度成長を支えた一方で、そのようなソウルの姿や暮らしは後に文化コンテンツの題材となっていったようです。巨大都市に成長したソウルは、1988年ソウルオリンピックを経ながら、1990年代からはミレニアム時代の幕開けとなり現代都市へと生まれ変わっていったようです。このような移り変わりを資料を通して学ぶことが出来ました。

今回のソウル歴史博物館の訪問を通して、現在のソウルが形成されるまでの過程を学ぶことができました。韓国に対する理解を、ソウルという首都が歩んだ歴史を通して深めることができた良い機会でした。

(摂南大学 外国語学部/国際学部 森ゼミナール 益田優笑・青山実由・石田みほり・夫馬涼葉)

韓国の映画専門誌出版社シネ21(씨네21)を訪問しました



UPDATE 2024-04-25

私たち外国語学部(国際学部)森ゼミナールは、2024年2月13日(火)に韓国ソウル市に位置する映画専門誌出版社シネ21社(韓国ソウル特別市永登浦区)を訪問しました。シネ21社は、批評のクオリティーが高いことで有名な映画評論雑誌『シネ21』を発行していています(web版はhttp://www.cine21.com/)。『シネ21』は映画専門誌ではありますが、映画評論だけでなく、ドラマやアニメーションへの特集や、俳優や脚本家へのインタビュー記事など様々な内容が掲載されています。訪問当日は、『シネ21』編集長のソン・ギョンウォン(송경원)さんにお話を伺いました。

ソン・ギョンウォン編集長は映画評論家としてデビュー後にシネ21社に入社し、映画批評専門記者となりました。事前に私たちからお送りした質問に、ソン編集長は準備してくださり、一つ一つ丁寧に答えてくださいました。

まず、私たちはK-POPとドラマ・映画の関連性について質問をしました。ソン編集長によると、昔はK-POPアイドルが俳優として演技することに対して批判的な意見が多く、評価されないことが多かったようです。しかし、現在はむしろアイドルを起用することによってヒットする作品があったり、K-POPアイドルのMV(ミュージックビデオ)を映画監督が作成したりすることも増えたそうです。最近では、ドラマや映画を視聴できるプラットフォームが多くなったことにより、アイドルや新人俳優が芸能界でブレイクするチャンスも高まりました。以前は、新人が出演する作品はホラー系の作品というのが一種の登竜門だったようですが、今はwebドラマへの起用もあるということでした。このような時代の変化によってK-POPアイドルに求められることが多くなったのも事実で、K-POPアイドルはただ歌って踊れるアイドル業だけでなく、俳優業やタレント力、更にプロデュース力までもが求められるようになったことも分かりました。これまではデビュー後に経験を積み重ねて得た能力が、今ではデビューの時点で求められているということを聞き、韓国の芸能界の厳しさを実感しました。

また、ソン編集長のお話から、ドラマや映画で人気アイドルを使ったからといって必ずヒットするわけではないことも知りました。韓国の視聴者は冷静にドラマや映画を観てSNS上で評価をするため、人気アイドルでも演技が下手では批判されてしまいます。そのため、アイドル業と俳優業を上手く使い分ける人が今の韓国芸能界に求められる人材だと仰っていました。

最後に、ソン編集長は現在のK-POP業界は「韓国のK-POP」ではなく、「世界のK-POP」を作ろうとしているとおっしゃいました。最近のK-POPアイドルでは、韓国人だけのグループは少なく、多国籍のメンバーを取り入れるなどグローバルな業界になっています。ソン編集長はK-POPの「K」は韓国ではなく、今や世界を指しているのではないかと指摘し、私(益田)はその意見に大きく共感しました。最近のK-POP音楽業界の方向性は、社会問題を取り上げるようになっており、ただ面白いだけではなく、意味のあるものを作り上げるようになったそうです。これはK-POPを始めとした音楽業界だけでなく、映画やドラマにも言えることで、社会的メッセージが込められていない作品は受け手(視聴者)に軽く感じられてしまうという傾向にあるそうです。一方で、映画やドラマだけでなくK-POPアイドル自体も数が多く作品がたくさん作られるため、社会的メッセージを込めたよい作品を作ったからといって必ずしもヒットするとは限らないというお話に、韓国芸能業界の現実を改めて認識しました。

今回、シネ21社を訪問して関係者にお会いし、媒体(メディア)の作り手という立場からのお話を伺えたことはとても貴重な経験となりました。ソン編集長は私たちゼミ学生の質問に1時間半ほど熱心に答えてくださるだけでなく、『シネ21』のバックナンバー数冊や特別版冊子などのプレゼントをたくさん用意してくださいました。

お忙しい中、私たちのために時間を作ってくださったソン編集長に心からお礼を申しあげます。ありがとうございました。

摂南大学 外国語学部(国際学部) 森ゼミナール 益田優笑

駐大阪大韓民国総領事館を訪問しました(森ゼミ)



UPDATE 2024-03-07

 2023年12月6日(水)に、国際学部/外国語学部森ゼミナール3年生は、駐大阪大韓民国総領事館を訪問しました。イ・ギョンチャン領事が出迎えて下さり、普段は領事館関係者しか使用できない階にある大会議室にゼミ一行を案内してくださいました。

 大会議室でイ領事は、領事館の機能と役割についてプレゼンテーションしてくださいました。領事館の業務は在外国民(同胞)の権益保護・各種申請業務(旅券や査証発給業務など)・日韓自治体交流推進業務・日韓文化交流業務・経済交流業務など多岐に渡っているとのことです。大阪コリアタウンの活性化を総領事館が後援していることも有名です。

 イ領事は、領事館業務の概略を説明してくださった後に日韓関係についてゼミ生と懇談する時間を設けてくださいました。ゼミ生は、ここ数年間の日韓関係の変化や若者による日韓交流の実態などについて質問しましたが、特に韓国ポップカルチャーが日韓関係に及ぼす影響について関心が集中しました。イ領事は「K-POPを始めとしたKカルチャーは、韓国国内で理解されているよりもはるかに大きな影響力を外国で持っている。この力には注目しつづける必要がある」と率直に答えてくださいました。ゼミ生の質問一つ一つに、熱意をもって丁寧に答えてくださり、一人一人と記念撮影までしてくださったイ領事の姿が印象的でした。

 懇談の後、イ領事の案内で旅券発行業務や査証(ビザ)業務、家族関係登録業務を行っている部署を見学しました。

 訪問終了後、ゼミ学生からは「領事館での業務をはじめ、行なっている活動や任務など様々なことを学ばせていただいた」「日韓関係を中心に領事の目線からお話を聞くことが出来たのはとても貴重で良い機会となった。これからの将来、良い日韓関係が続いてほしい」「領事の視点から見たK-POPについて聞くことができてよかった。K-POPは良好な日韓関係の構築に深く関わっているのだと今回のお話を聞き改めて思った」「日韓関係についてもっと知りたいと思うようになった」「領事館は、在日韓国人を守るとても大切な場所だと知る事ができた」という感想が寄せられました。

(文・写真 国際学部特任准教授 森類臣)