大学教育の現場では、学生の主体性をどう育てるかが大きなテーマになっています。自ら考え、行動し、学びに向き合う力を持った学生を育成するためには、知識やスキルを伝えるだけでは不十分です。重要なのは、学生が自ら学びに踏み出そうとする内発的動機をいかに喚起するかという点にあります。
そのカギとなるのが、「失敗してもいい」と思える場をいかにつくるかです。学生が自分の考えを口にし、行動に移し、時にはうまくいかない経験を通じて成長していくには、失敗に対する不安を和らげる環境が欠かせません。

多くの学生は、高校までの受験競争や定期試験の経験から、「間違えないこと」「正しく答えること」を最優先に学んできました。模範解答と照らし合わせられる評価システムの中で、失敗はマイナスとして扱われがちです。そのため、「わからない」と口にすることや、「違うかもしれないけれど……」と前置きして発言することに強いためらいを感じる学生も少なくありません。こうした心理的なブレーキが、学びへの能動的な関わりを阻む大きな要因となっています。
心理的安全性が育む挑戦の意欲
「失敗してもいい」という感覚は、心理的安全性と深く結びついています。心理的安全性とは、批判や嘲笑を恐れず、自分の考えや感情を安心して表現できる状態を指します。こうした安全性が確保されると、学生は試行錯誤に前向きになり、失敗そのものを「学びのきっかけ」と受けとめることができるようになります。
教員が「ここでは間違いは歓迎です」と明言するだけでなく、実際に学生の失敗や試行錯誤を肯定的に評価し、その過程を称賛する態度を示すことが大切です。学生同士でも、否定ではなく「その視点は面白い」「どう考えたのか聞かせてほしい」といった受け止め方をする雰囲気があれば、場全体の安全性はさらに高まります。
失敗が“学び”に変わる瞬間
重要なのは、失敗をただ許容するだけではなく、それを学びに変えるプロセスを設計することです。たとえば、グループディスカッションで自分の仮説がデータと食い違った場合、教員が「なぜそう考えたのか、その根拠を教えてほしい」と問いかけることで、学生自身が自分の思考プロセスを再構築するきっかけが生まれます。また、グループメンバー同士で「別の視点もあるよ」とフィードバックし合うことで、議論は深まり、学びの質が高まります。
こうして失敗が対話を促し、思考を深めるトリガーになることで、学生は「間違えること自体が学びの一部」であると実感できるようになります。
振り返りは“未来の関わり方”をつくる時間
失敗から本当に学ぶには、活動後の振り返りが不可欠です。振り返りの本質は「過去を評価すること」ではなく、未来に向けて自分の関わり方や学び方を再設計する時間である点にあります。
- 出来事の言語化:何が起きたのか、どのように感じたのかを言葉にします。
- 原因と要因の分析:「なぜそうなったのか」「自分や他者のどの行動が影響したのか」を掘り下げます。
- メタ認知的気づき:自分の思考・行動のパターンに気づき、「次はこうしてみよう」という具体的な構えを持ちます。
- 行動計画の設定:次回の学びやグループ活動で試す新たな関わり方を決め、内発的なモチベーションを引き出します。
こうした振り返りを個人だけでなくグループ全体で共有すると、他者の視点から新たな気づきを得る機会が増え、学びはさらに深まります。教員は問いを投げかけ、思考を促すファシリテーションを通じて、この振り返りサイクルを確実に回す役割を担います。
教員の役割としての場づくりと支援
「失敗してもいい場」をつくるうえで、教員に求められるのは単なる知識伝達者以上の存在になることです。まずは、自らが問い続ける学び手としての姿勢を示すこと。完璧な答えを持つ立場ではなく、「一緒に考え、探究するパートナー」として振る舞うことで、学生に挑戦の安心感を与えます。
また、学生の試行錯誤に対し即座に評価を下すのではなく、そのプロセスに興味を持って問いかけるファシリテーション力が不可欠です。具体的には、以下のような支援が効果的です。
- 期待設定:「この場でのチャレンジは評価対象です」と明文化する
- プロセス重視のフィードバック:「結果よりも、どう考え、どう行動したか」に注目し、具体的なコメントを返す
- 振り返りの設計:振り返りシートや共有セッションを定期的に組み込み、メタ認知を促す問いを用意する
- 安心感の醸成:学生同士が互いの失敗をカバーし合う文化を育むためのグループワークデザイン
これらを通じて、教員は学生が安心して失敗し、学びに活かすための教育的土壌を整えるファシリテーターとなります。
「失敗できる自由」が挑戦する力を育む
挑戦と失敗は表裏一体です。失敗が許される自由こそが、新たなアイデアや手法を試す勇気をもたらします。大学教育で学生が自分なりの答えを探求し、未知の領域に踏み込むには、この「失敗できる自由」が前提条件となります。
この自由は、教員や仲間との信頼に基づく学びの共同体を通じて育まれます。互いの試行錯誤を支え合い、失敗を称賛する文化が根づくことで、学生は安心して挑戦を続けることができるのです。
おわりに
「失敗してもいい場」は、学生にとってただ居心地の良い場所ではありません。それは、自ら問いを立て、試し、考え、振り返り、次へとつなげていく主体的な学びのプロセスに踏み出すための土壌です。大学という時間と空間の中で、学生が思い切り挑戦し、学び続ける姿を支える教育実践こそが、これからの大学に求められているといえるでしょう。
公開日: 2024年7月28日
著者: 大塚 正人