経済学部
【経済学部】長期海外出張報告(フランス)
【経済学部教授 原田裕治】
私は、2024年8月26日~2025年8月25日まで、長期海外出張制度を利用して、フランス・ストラスブールに行ってきました。現地では、ストラスブール大学経済経営学部に附属する理論・応用経済研究所(Bureau d’Economie Théorique et Appliquée:BETA)に所属させてもらい(写真1、2)、同研究所のAndré Lorentz博士の研究室でお世話になりました。同博士のもとでは進化経済学にもとづくAgent-based Macroeconomicsについて研究しました。この分野では、イノベーションや設備投資について異なる行動パターンをもつ企業が競争を繰り広げる中で経済全体としてどのような動態が生み出されるかが、コンピュータ・シミュレーションの手法を用いて分析されています。このような分析に、私がこれまで取り組んできた資本主義の制度的な多様性の観点を組み入れて、例えば雇用や企業競争について異なる制度やルールがあるもとで企業の行動がどのように変化し、それが経済全体の動態にどのような違いをもたらすかについての研究に取り組みました。Lorentz博士とは、そうしたテーマに関わるさまざまなトピックについて議論し共同研究も進めています。
BETAは少し変わった組織で、ストラスブール大学のほか、CNRS(フランス国立科学研究センター)、アール・ヌーヴォーで有名なナンシーという街にあるロレーヌ大学、フランス国立農業・食料環境研究所、グランゼコールのアグロ・パリテックという複数の大学および研究所にまたがる共同研究ユニットです。実際アルザス・ロレーヌ地方のストラスブールとナンシーに加え、メス、コルマール、ミュルーズの5か所の都市に拠点を構えています。その縁でロレーヌ大学のYamina Tadjeddine教授の研究室に呼ばれて研究報告と大学院生との議論を行う機会もありました。
仕事の面でさまざまな学びがあったのはもちろんですが、外国での生活を通して感じたことも多々ありました。以下ではそのいくつかを記します。
滞在したストラスブールは、フランス北東部に位置しパリからTGV(フランスの新幹線)で約2時間の場所にあります。街の東端にはライン川が流れており、それを越えるとドイツです。人口は30万人弱(フランスで8番目)とこぢんまりした都市ですが、欧州議会の本拠地として知られ(議場はストラスブールのほか、ベルギーのブリュッセルにもあります)、EUに関係する機関や組織、企業が多く進出しています。まさに「国家(フランス)の辺境、ヨーロッパの中核」(内田日出海『物語 ストラスブールの歴史』中公新書)です。このストラスブールは、周囲33のコミューン(自治体)を束ねる形でユーロメトロポール(大都市圏)の中心都市であると同時に、隣国ドイツのいくつかの都市と「ユーロディストリクト・ストラスブール=オルテナウ」という国境を越えた都市圏も形成します。実際、ストラスブールでの公共交通の要となっているトラム(路面電車)は、市内に6路線が張り巡らされていますが、そのうち1つの路線はライン川を渡ってドイツの街ケールまで伸びています(写真3)。隣町に行く感覚で国境を越えてしまうわけです。電車を降りて聞こえてくる言葉は当然違うわけですが、双方の街の人々は、働きに行ったり、買い物したり(日用雑貨はドイツが安く、食料品はフランスが安い)と、日常的に国境をまたいで生活しています。
このトラム、市街地ではとてもゆっくりと走ります。ドアの開閉は乗客が押しボタンで制御できるため、すでに乗り込んだ乗客が遅れてきた人を、ドアを開けて待っていたりします。当然時刻表どおりの運行は難しくなります。しかし,それに苛立っている人はほとんどいません(停留所にはあと何分ぐらいで次のトラムが到着するかの掲示はあります)。またゆっくり走るのはトラムだけではありません。ストラスブールの中心市街地は車の乗り入れが規制されている上に、どんな規模のコミューンであっても人が生活するエリアでは歩行者が最優先とされ、自動車には時速30kmの速度制限があります。
この政策はフランスではZone30と呼ばれ、1990年代から導入が始まり、低速を義務づけるのを街の一部エリア(zone) から街全体(ville)に拡大している最中とのこと。都市空間を自動車中心から人中心に転換することを目指しているようです。こうした政策により、排気ガスや交通事故の減少といった効果もあるようですが、その街に暮らしてみて感じるのは、自動車やトラムのスピードをコントロールすることによる精神的な効果です。それらがゆっくり動くことで街のリズムが変わり、街を歩いていても心に余裕が感じられました。効率性や迅速性がとかく重視される日本での暮らしでは感じたことがない感覚でした。また街には至るところに食品廃棄物専用のゴミ箱が設置されていました(写真4)。2024年1月からフランス全土で生ごみ分別が義務化されたことに伴い設置されたものです(自宅でコンポストを設置するためのキットも配布している模様)。ある程度の規模の事業者は以前から生ゴミの分別を義務づけられていましたが、その範囲が一般市民にも拡げられた画期的で挑戦的な試みといえます。これにより、埋立て・焼却による温室効果ガスの排出が抑えられる一方で、生ごみを堆肥化したり、発酵させてバイオガスを取り出し発電に利用したりと、資源循環が進められています。
実際に生ごみ用ゴミ箱を利用して感じたのは、生ごみをこまめに捨てに行くのは面倒な半面、家庭の燃えるゴミの量が減ってゴミ出しが楽になるだけでなく、生ごみを別に捨てに行くことで環境への意識が少し変わったことでした。もっともこのように感じられたのは、ゴミ箱が自宅から近かったことによるものかもしれません。捨てられた生ごみは定期的に回収されます。回収にやってくる小型トラックは、ゴミからできたバイオガスで発電した電気で走るという徹底ぶりです。
日本では家庭から出る燃えるゴミに占める生ごみの割合は約40%との調べもあります。また生ごみは水分を多く含むため、そのまま燃やすと焼却炉の燃焼効率を下げ費用が割高になります。生ごみの分別処理は、経済的な観点からも望ましい施策といえます。しかし、その施策が実効性をもつためには、人々の理解と行動が必要です。フランスでも、認知と利用は普及の途上のようです。
このようにフランスでは、交通、環境の分野で日本では馴染みがない取組みが全国的に行われています。いずれの取組みにも、経済効率性とは異なる観点から人々の生活やその環境を維持し改善しようとする意図が感じられます。それは私たち市民に負担を求めることもありますが、社会が持続可能なものとなるためには必要なことなのかもしれません。
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写真1:ストラスブール大学経済経営学部外観:工場だった建物を再利用している
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写真2:ストラスブール大学経済経営学部エントランスホール
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写真3:街中を走るトラム
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