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お知らせ

英語に加えて多彩な地域の言語を学ぶ、国際学部の授業を紹介するシリーズ投稿です。今回は2年次の言語学芸科目「日本の文学」(担当:古矢 篤史先生)を紹介します。

授業概要(シラバスより一部引用):
本講義では、文学作品をただ読むのではなく、その作品が掲載された雑誌や新聞などといった媒体(メディア)を通じて読者へと至るプロセスを検証する。近代日本のメディアのなかでも特に文学との関係が深い「新聞」「雑誌」「映画」を取り上げ、これらを時系列的にではなく各メディアごとに確認していく。

授業紹介:
 皆さんは「小説を読もう」としたとき、どのようなかたちで読むでしょうか。教科書で読んだことがある、図書館でハードカバーの本を借りたことがある、安い文庫本を買って読んでいる――等々、さまざまな媒体で読むことができます。
 一方、小説は最初から書籍になって現れるのではなく、まずは新聞や雑誌に掲載されてから、後に書籍にまとめられることが多いと言えます。本授業では、1920年代から1930年代の小説を中心に、今からおよそ100年前の雑誌や新聞にどのように小説が掲載されていたのかを紹介し、そのようなメディアを通じて小説がその時代の歴史性や言説と深くかかわっていることを考えていきます。

 特に本授業では、新聞と婦人雑誌という、その当時に広く読まれ、一般読者に楽しまれていたマスメディアをとりあげ、そこにどのような小説作品が載っていたのかを見ていきます。これらの小説は、若い男女の恋愛、夫婦の問題などを扱ったドラマ性のあるものが多く、エンターテインメントとして受容された側面もありますが、一方で不特定多数の読者(なかでも女性読者が重要なのですが)を相手に小説はどう変わっていかなければならないか、また戦時色が強まっていくと広く読まれるメディアであるがゆえの制約や役割とどう向き合っていくか、等々の、文学の本質に関わる問いも内包しています。婦人雑誌の小説には、ジェンダーやセクシャリティなどの現代的なテーマも深く関わってきます。

 授業では実際に当時の新聞、婦人雑誌の紙面をできるだけ多く見てもらいながら解説していきます。小説と言っても、単なる文章の羅列ではなく、魅力的な挿絵とともに大胆なレイアウトによって構成させており、ビジュアルで楽しむこともできるコンテンツでした。このように100年前の人たちと同じような読書体験をしてもらうことで、学生たちの従来持っていた小説や作家(文豪)のイメージが崩れていく様子を見ることが、担当教員の密かな愉しみにもなっています。これから受講する皆さんとも、小説の新しい読み方を模索していければと思います。

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