農学部
【農学部 食農ビジネス学科/中塚華奈】長期海外出張報告
2025年度の11か月間、カリフォルニア州のサンタクルーズに長期出張する機会をいただきました。J1ビザを取得し、UCSC(カリフォルニア大学サンタクルーズ校)環境学部のResearch Associate(研究員)として、オーガニックの生産・流通・消費、検査・認証の実態や課題について学んでまいりました。
海と山がちかい街、サンタクルーズ
サンタクルーズはアメリカ西海岸、サンフランシスコとロサンゼルスの間に位置しています。レッドウッドの森に囲まれたUCSCからはモントレー湾が見渡せます。海辺には100年以上の歴史をもつ遊園地「Santa Cruz Beach Boardwalk」があり、山へ足を延ばせばワイナリーが点在、ダウンタウンには個性的なショップやカフェが並ぶ素敵な街でした。
オーガニックが身近なカリフォルニア
滞在中は、農場、ファーマーズマーケット、スーパーマーケット、食品事業者、認証団体、大学研究関連施設への視察、訪問、研究者、流通関係者や生産者などが集うセミナーやサミットなどへの参画を通して、実態調査や参与観察を行いました。
有機認証にかかる費用に対して一律上限75%で国が補助する仕組み、PUR(Pesticide Use Reporting:農薬使用報告)制度などは、オーガニックの普及拡大に有効に働いていると思えました。PURはどこで、どの作物に、どの農薬を、どれだけ使用したのかを州に報告・蓄積する制度です。地域別・作物別の農薬使用実態を細かく把握できます。雨が少なく、水が貴重なカリフォルニアでは、農薬による地下水や水環境への影響は看過できない問題だそうで、農薬使用を「見える化」し、その変化を検証できるデータ基盤が整えられていました。
スーパーでは野菜や果物だけでなく、牛乳、卵、肉、パン、海苔、お菓子、歯磨き粉やトイレットペーパーなどの日用品に至るまでオーガニック商品が並び、園芸店に行けば土や種、苗にもオーガニックの認証に関する表示が付されていました。
UCSCで学んだアグロエコロジー
UCSCでは、アグロエコロジーの授業に参加しました。教室での座学に加えて、農場での実習・実験もあり、「生態系の力を農業にどう生かすのか」をどのように学生に伝えているかを学ぶこともできました。
アグロエコロジーを象徴するものの一つが、「Three Sisters(三姉妹)」と呼ばれるトウモロコシ・豆・カボチャを一緒に育てる先住民の伝統的な農法です。トウモロコシは豆のつるを支え、豆は根粒菌の働きによって窒素を固定し、カボチャは大きな葉で地表を覆って乾燥や雑草を抑えます。三つの作物がそれぞれ異なる役割をもち、互いを補いながら育つ仕組みです。いずれも保存性が高く、北米の先住民の食生活を支えてきた重要な作物でもあります。中南米に起源をもつ作物が長い年月をかけて北米各地へ広がり、その土地の環境や文化と結びつきながら受け継がれていました。
オーガニックのイチゴ農場では、豪快な方法に出会いました。害虫を強力な風で吸い上げ、機械内部の板に衝突させて駆除する、大きなドラム缶のような装置を前方に取り付けた機械による防除方法です。害虫だけを選り分けてくれるわけではないので、益虫もろとも吸い込まれます。「こんな勢いで吸って、イチゴは大丈夫なのかしら」と心配になりましたが、アメリカのイチゴは茎も葉も実もしっかりしていて、機械の吸引にも耐えられるようです。
小麦のふすまなどの有機物を畑に混ぜ、たっぷりと灌水して土壌を嫌気状態にする「嫌気性土壌消毒(ASD)」の実験ほ場にも連れていっていただきました。薬剤で土壌を消毒するのではなく、有機物をエサに活動する微生物の力を利用し、土壌環境を変化させることで病原菌を抑える方法です。目には見えない微生物も、農業を支える大切な「働き手」なのです。
農薬を「使う・使わない」という二択ではなく、作物、昆虫、微生物、土壌などの関係を理解し、生態系がもつ力を農業に生かす。人文社会系の研究者であっても農業現場に出向いて身をもって体験することが、よりいっそう理解を深めてくれることを実感しました。HGP―農業が地域課題を解決する「場」に
今回の海外長期出張で最も大きな学びとなったのが、Homeless Garden Project(HGP)です。サンタクルーズでは、住宅価格や家賃の高騰などを背景に、ホームレス問題が深刻な地域課題となっています。街を歩けば、路上や車で暮らす人、交差点で信号待ちの車に向かって物乞いをする人の姿を日常的に目にしました。
夏は暑すぎず、冬も比較的温暖で、UCSCでは一年を通して屋外の温水プールが利用できるほど穏やかな気候です。そうした暮らしやすい街の風景と、深刻な住宅問題が隣り合わせに存在していることも、現地で生活して実感したことでした。
HGPが興味深いのは、こうした地域課題の解決に「都市部の農地」を活用していることです。農場では有機農業を行っており、ホームレス経験者を研修生として受け入れ、働く機会や職業訓練を提供しています。農場には、スタッフやボランティア、地域住民、学生、CSAの会員など、トレーニー以外のさまざまな人も訪れます。野菜を育てる、収穫する、一緒に食事をする、野菜を買う、寄付をする。関わり方はそれぞれ違っていても、農場を介して多くの人が地域のホームレス問題の解決の一助となれる仕組みになっていました。
日本の都市農業のこれからを考えるうえで、大きなヒントを持ち帰れたように思います。
農業から見えてきたアメリカの歴史と社会
平均面積が140ヘクタールという広大なカリフォルニアの農場を訪ねると、畑の向こう側が地平線になっていることが多く、日本の農業との規模の違いに圧倒されます。農業現場では、メキシコをはじめ中南米にルーツをもつ多くの人々が働いており、なかには正規の在留資格を持たないundocumentedの労働者もいます。世界有数の農業生産の背景には、こうした移民労働者の存在があること、移民取り締まり強化によるさまざまな弊害を滞在中、何度も目の当たりにしました。
さらに、UCSCの農場の収穫祭やオーガニック農業関係者が集まるイベントでは、その土地の先住民に敬意を表し、祈りや踊りを捧げる時間が設けられていました。移民や先住民の歴史は教科書のなかの過去の話ではなく、現在進行形であることを実感しました。
多種多様なアーティストがいる街
また、サンタクルーズには、アーティストも多く暮らしています。私が借りていた家の隣人はクレイ作家、コミュニティガーデンで知り合った人はジュエリーデザイナーでした。市は毎年10月に「Open Studios」という、地域のアーティストが自分のスタジオを一般に開放するイベントを開催しています。2025年の開催時に参加したアーティストは340人もいました。3週間にわたり、市民は絵画、木工、粘土、ジュエリーなど多種多様な制作の場を訪ね、作品を見たり、作家本人と話したりすることができました。
物価も医療費もとにかく高いアメリカ
生活面で驚いたのは物価の高さです。私が借りていた1DKのコテージの家賃が月2,750ドル。スーパーや外食でも、価格の高さにおののく日々でした。
医療費もべらぼうに高額でした。滞在中、ものもらい、ヘルペス、アレルギー検査と通院などで救急医療機関のお世話になること、なんと5回。1回の受診料は1,000ドルをくだることはありませんでした。アメリカの医療事情を身をもって知ることになりました。
渡米前、海外旅行保険に約47万円を支払ったときには「高い」と思いましたが、その思いは帰国するころには「入っていて本当によかった」に変わっていました。研究だけでは知ることのできない医療事情まで、図らずも“フィールドワーク”することになりました。
カリフォルニアから、日本をもう一度見る
カリフォルニアでは、大学と農場との連携、農業と福祉をつなぐ取り組みなど、多様な農業の姿に触れることができました。物価や住宅費、医療費の高さ、移民労働や格差問題など、長期滞在しなければ見えなかった課題もありました。日本の地域ごとに受け継がれてきた農産物や食文化、生産者と消費者の近さ、医療へのアクセスなど、海外に出たからこそ気づくよさを再認識できました。
楽しいことも、驚いたことも、病院に駆け込んだことさえも含め、現地での11か月すべてが学びでした。サンタクルーズで得た経験を、これからの研究はもちろん、授業やフィールドワークにも活かして還元していきたいと思います。
最後になりましたが、今回こうした貴重な体験の機会を与えてくださった本学関係者の皆様、様々な手続きにおいて出張前後のみならずアメリカ滞在時にも多岐にわたり助けてくださった農学部事務室の皆様、こころよく送り出してくださった食農ビジネス学科の先生がた、温かく受け入れてくださったUCSCの村本穣司先生と学生、サンタクルーズ滞在時にお世話になったすべての皆様に、心より感謝を申し上げます。有難うございました。






