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NEWS RELEASE【No.42】

 かずさDNA研究所が参画した国際研究グループは、我が国で発見されたオオムギの種子休眠性遺伝子(MKK3)を解析し、地域の気候やビールづくりの目的に合わせて、発芽のしやすさが巧みに調節されてきたことを明らかにしました。

 オオムギはビールや麦茶、食品の原料として広く利用されています。収穫前に穂が発芽してしまう「穂発芽」が起こると、品質や収穫量が大きく下がってしまいます。現在では「MKK3」という遺伝子を利用して「穂発芽」を防ぐための品種改良が進められています。

 本研究では、大規模なゲノム解析により、MKK3遺伝子の構造が長い時間をかけて複雑に変化してきたことを示しました。さらに、世界中のオオムギ系統のMKK3遺伝子の変異を比較し、穂発芽耐性やビールの醸造特性との関係を解析しました。その結果、人類は地域ごとの環境条件や利用目的に合わせて「休眠レベル」を精密に制御し、穂発芽を防ぎながら高品質なビール原料を生産してきたことが明らかになりました。
 この知見は、気候変動が大きくなる現在の栽培環境下で、穂発芽のリスクを抑えつつビールの品質を向上させる次世代育種の道筋を示しています。
 この研究成果は、11月6日付(日本時間7日午前4時)の米国科学雑誌「Science」オンライン版に掲載されました。

論文名:Post-Domestication selection of MKK3 Shaped Seed Dormancy and End-Use Traits in Barley
邦文題名:「オオムギ栽培によるMKK3の選抜が種子休眠性と実用形質を確立した」
掲載誌:Science
DOI: https://doi.org/10.1126/science.adx2022

著者:Morten E. Jørgensen, Dominique Vequaud, Yucheng Wang, Christian B. Andersen, Micha Bayer, Amanda Box, Katarzyna B. Braune, Yuanyang Cai, Fahu Chen, Jose A. Cuesta-Seijo, Haoran Dong, Geoffrey B. Fincher, Zoran Gojkovic, Zihao Huang, Benjamin Jaegle, Sandip M. Kale, Flavia Krsticevic, Pierre-Marie Le Roux, Antoine Lozier, Qiongxian Lu, Martin Mascher, Emiko Murozuka, Shingo Nakamura, Martin Ude Simmelsgaard, Pai R. Pedas, Pierre A. Pin, Kazuhiro Sato, Manuel Spannagl, Magnus W. Rasmussen, Joanne Russell, Miriam Schreiber, Hanne C. Thomsen, Nina W. Thomsen, Sophia Tulloch, Cynthia Voss, Birgitte Skadhauge, Nils Stein, Eske Willerslev, Robbie Waugh, Christoph Dockter

全41名9か国による国際共同研究、下線はかずさDNA研究所の著者
研究費:本研究は、(公財)かずさDNA研究所研究補助金、JSPS科研費(23H00333) の研究助成を受けたものです。

1.背景
 野生のムギ類には環境変動に備えるため長い種子休眠がみられます。一方、約1万年前の栽培化以降、特に近代育種の過程で、穀物には均一・迅速な発芽や年間複数回栽培するための「短い休眠」が好まれてきました。しかし、湿潤な収穫年には穂に付いたまま発芽する「穂発芽」が発生し、品質低下による経済的損失は穀物全体で年間数千億円規模になります。本研究は、2016年我が国の研究者によって発見・報告されたムギ類の種子休眠性遺伝子MKK3を対象として、栽培オオムギにおける休眠制御の分子的基盤と、その地域・文化・利用と関連した進化の道筋を、ゲノムから形質に至るまで統合的に解析しました。

2.研究成果の概要
● オオムギパンジェノムアッセンブリ(76系統)、全ゲノム・エクソームデータ、パン・トランスクリプトーム、デジタルPCRによるコピー数の定量、生体内キナーゼ活性の測定、準同質遺伝子系統の穂発芽圃場試験、少量麦芽製造による酵素測定を統合し、遺伝子型→酵素活性→休眠・穂発芽→最終用途(麦芽品質)の一連の経過を関連付けて解析しました。
● MKK3 座は野生オオムギでは単一が基本である一方、栽培オオムギでは最大15コピーまで存在し、構造的変化も広く存在します。また、コピー数が多いと遺伝子の転写産物量も多くなり、作用が大きくなります。
●  MKK3には機能に差のあるアミノ酸置換として、キナーゼ活性を低下させるT260(東アジアで選抜拡大)、活性を上げる Q165(北欧〜北米で一般化)、V79(エチオピアで高頻度)などが存在することを同定しました。
● MKK3のコピー数とアミノ酸置換の組み合わせがが、種子休眠と穂発芽耐性、さらにビール醸造に関わる麦芽の酵素活性(α-アミラーゼ等)に影響することを突き止めました。
● 北欧の在来品種「Bere」を祖先とする可能性の高いQ165変異をもつ品種群が、麦芽品質の向上とともに穂発芽を引き起こし、近代の育種によって北米の醸造用オオムギに広がった歴史的経過を確認しました。
● 東アジアに多くみられるT260変異は収穫時期に雨の多い地域で穂発芽を回避するのに有利で、チベット・エチオピアなどでは多毛作・伝統食品文化に適合した休眠の短いオオムギが選ばれ使われてきたことを発見しました。

3.期待されること
 本研究は、気候変動に伴う異常気象の増加で深刻化する穂発芽のリスクに対し、地域適応と最終用途の両立を可能にする「遺伝子型設計」の具体例を提示しました。MKK3のコピー数・アミノ酸置換・その組合せで制御することにより、発芽速度・酵素活性・穂発芽耐性のバランスを品種ごとに最適化できます。今後は、加工利用者(製麦・醸造・食品)と連携したゲノム選抜設計や、他作物(コムギ・イネ)の MKK3 カスケードへの展開が期待されます。

用語解説と省略形
【穂発芽(PHS)】収穫前に穂上で穀粒が発芽してしまう現象。品質が低下し利用歩留まりを大きく損なう。
【MKK3】MAPキナーゼ経路の構成要素(MAPKK)。休眠の鍵となる制御機構。

この記事に関する問い合わせ先

問い合わせ先
<研究に関すること>
かずさDNA研究所 理事 先端研究開発部シーズ開拓研究室 特別客員研究員
岡山大学 名誉教授
摂南大学 農学部 教授
佐藤 和広(さとう かずひろ)
TEL:072-896-5329
E-mail:kazuhiro.sato@setsunan.ac.jp
<報道に関すること>
かずさDNA研究所 広報・教育支援グループ
TEL:0438-52-3930
E-mail:kdri-kouhou@kazusa.or.jp
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